お節介焼きの行政書士と不良少女が愛を育む恋愛ストーリー

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祐樹と理沙

第一話:おかしな二人 その1

「あれ……?」
 仕事の帰りに車でコンビニに立ち寄った広橋祐樹は、夜遅くでも決して消えることの無い店の明かりの下で座りこむ、ジーパンとジージャン姿の人影を見つけた。一見すると男のような格好だが、ポニーテールに結ったきれいな茶色の髪は明らかに女の子だ。祐樹は、ずり落ちかけたメガネを直して少女を確認しながら車を降りる。
「理沙じゃん。こんな時間に何してんの?」
 車から降りてきた祐樹を、少女は目を細めて見上げる。目が少し吊り目がちで、常に口を尖らせるか「へ」の字に曲げているので、いつも機嫌悪そうに見える。
 虹村理沙は祐樹の前の彼女の中学の後輩で、今年で十三歳になる中学一年生だ。今は午後十時過ぎ、どう考えても子供が出歩く時間ではないが、彼女は見た目通りの不良少女で、親とケンカでもしたのか家出をして、祐樹の前カノであるハルエのアパートに寝泊りしていた。
「こんな時間にウロウロしてると危ないぞ」
 祐樹としては当然の忠告だが、理沙は感謝する素振りも見せず、細めた瞳に苛立たしげな色を浮かべた。
「うるさいな。あんたには関係ないよ」
「つれないなぁ。ま、こんな時間まで何してたかは聞かないけど、これから帰る気があるんなら、送っていくよ」
 理沙はほんの数瞬だけ考え込む表情を作ったが、再びいつもの拗ねたような表情に戻って立ちあがった。目が大きい、可愛い顔立ちなのに、理沙はほとんど笑顔を見せない。もったいないと思う祐樹は、彼女の笑顔が見たくてせっせとおせっかいを焼いていたが、その努力はほとんど報われていない。
「送ってくれなくていいから、お金貸してよ」
「お金?いくら?」
「三千円」
 スーツの内ポケットから財布を取り出しかけた祐樹の手がピタリと止まった。交通費か、このコンビニで買い物するくらいの金銭だろうと思ったが、どうも違うようだ。
「何に使うの?」
「だから、それはあんたに関係ないって。貸してくれんの、くれないの?」
 理沙には「貸していただく」といった謙虚さは皆無だ。
 一度だけなら貸してやってもいいか、と祐樹は思った。理沙は不良少女といっても仲間とつるんだりすることは無く、いつも一人で町を歩いている。その様子を見る限りは彼女に浪費癖はないようだから、祐樹の親切心をムチャクチャにしてしまうような無駄遣いはしないだろう。
 おそらく返って来ないだろうとは思うが、法律事務所に勤務している祐樹は、二十五歳という年齢にしては悪くない給料をもらっている。これっきりなら、競馬かパチンコで負けたと思えば諦めもつく。もちろん、彼女を甘やかすつもりは欠片も無く、これに調子に乗ってまた金をせびりに来るようなら、そのときは責任をもって説教してやるつもりだ。
 祐樹は財布から千円札を三枚取り出す。が、すぐには渡さない。
「二つほど、条件つきね」
「なんだよ、条件て」
「このまままっすぐ帰ること。僕にアパートまで送らせること」
 理沙は一瞬唖然とし、大きなため息をついてお金を受け取った。ため息は、意地っ張りな理沙の譲歩の表現だった。
 祐樹は店でさっさと買い物を済ませ、理沙を助手席に乗せて車を発進させる。理佐が寝泊りしているアパートまでは、せいぜい五分か十分もあればつく。祐樹のアパートとは少し方角が違うが、大した労じゃない。
 助手席のシートに身を沈めた理沙は、隣でハンドルを握る祐樹を一瞥する。
「あんたって、ほんとにおせっかいだよな」
「職業柄だね」
 理沙は鼻を鳴らす。
「法律事務所に勤めてるったって、あんた弁護士とかじゃないだろ」
「行政書士だよ」
「書士って書類を書くのが仕事だろ。そのわりに、人にずいぶんと口を挟むじゃん」
「うん。普段は物書きしてるから、仕事から離れると口の方を使いたくなるんだろうね」
 本気とも冗談ともつかない祐樹の口調に、理沙は唇を歪めて笑う。法律事務所に勤めているなんて聞くと、理沙が一番嫌うエリート野郎を思い浮かべるのだが、祐樹には全くそういうところがない。おせっかいなのが鼻につくが。
 理沙は、ふと何かにかられたように祐樹のほうに身を乗り出す。
「あんたに借りたお金、何に使うか教えてやろうか」
「うん、ぜひ聞きたいな」
「ハルエ先輩に渡すんだよ」
 祐樹は思わず、運転中だということを忘れて理沙をまじまじと見つめた。
「ま、前見て運転してよ」
「おっと」
 祐樹はあわてて視線を前方に転じて、メガネを指先でずり上げる。
「ハルエに渡すって、どういうこと?」
「私が部屋に泊めてもらってるからだよ。家賃と食事代で、毎日三千円」
「毎日三千円?月に九万も、君がハルエに払ってるってことか?」
「そうだよ」
「ホントに?」
「なんだよ。私が嘘ついてるってのか?あの人がどんな人間か、あんたはよく知ってるだろ」
 祐樹は苦々しく頷く。ハルエは何事も損得を考えていて、自分が振舞った厚意に対して必ず見返りを期待する女だ。祐樹と付き合っていた頃は金品こそ要求しなかったが、「前に私は──」と、過去に自分が押し付けた厚意を恩に着せるのが口癖だった。
 だが、中学生の理沙に金銭を要求しているとは思わなかった。いくら寝床と食事を提供しているといっても、中学生の女の子相手に月九万は暴利だろう。バイトでそれだけ稼ぐのは大変だし、だいたい中学生を雇ってくれるところなんて滅多にない。
「理沙。今まで、ハルエに渡す金はどうしてたんだ?」
「……言いたくない」
 理沙はそっぽを向く。言いたくない方法で金を稼いでいたということか。理沙がこんな時間に出歩いていたことを考えれば、だいたいの想像はつく。スリや窃盗、あるいは恐喝か。まさか売春ってことはないと思うけど。
 祐樹は、別れたハルエとはほとんど会っていないから、ハルエのところに泊まっている理沙がどんな生活をしているのか、知るすべは無い。ハルエも少しばかり反抗心の強い女だったから、理沙とは似た者同士で仲良くやってるんだろうと思っていたが、理沙の口調からすると、必ずしも楽しい生活とは言えないようだ。
 祐樹はほんの少しだけ考えて、次の交差点で横道にそれる。理沙が住むハルエのアパートとは逆方向だ。理沙は驚いて振り向いた。
「ちょ、ちょっと。どこに行くんだよ」
「僕のアパート。今日は僕のところに泊まりなよ」
 急な提案に理沙は体を仰天する。
「ふざけんな!誰があんたのところなんかに泊まるかよ、この変態!」
 遠慮の無い理沙の口調に、祐樹は苦笑する。
「あ、あのね、別に変な意味で言ってるんじゃないよ。君のためを思って……」
「ンなこと言って、エッチなことするのが目的なんだろ」
「ち、違うって。わざわざ三千円も払って、折り合いの良くないやつのところに泊まるのもバカらしいんじゃないかと思ってさ」
「あんたよりはマシだろ、どう考えても」
 理沙は皮肉を言い返すものの、すでに口調は軟化している。
 祐樹は目を細めて理沙を見る。祐樹の言葉を否定しなかったということは、やはりハルエと理沙は蜜月の仲とは行っていないらしい。周りと反発することが多いからか、いつもつい突っ張ってしまうのが理沙だ。ハルエも人当たりがいいとは言いがたいから、理沙とハルエの間に溝ができれば、相当ギスギスした空気になるのが目に見える。
「遠慮しなくてもいいんだよ、理沙」
「遠慮なんかしてないって。だいたい、これからずっと、あんたが私の面倒を見てくれるってわけじゃないだろ」
「そりゃ、まあね。一番いいのは、家出なんてバカなマネをやめることだけど」
「あー、やっぱりそれか」
 理沙が不機嫌そのものといった感じの、爆発寸前の声を上げる。
「家出がそんなに悪いことかよ。そんなに罪かよ。大人ってやつは、どいつもこいつも同じことしか言わないから嫌いなんだ。家に帰れとか、バカなことはやめろとか。何様のつもりなんだ」
「大人じゃなくたって、たいていの人はそう言うよ」
「それが嫌だってんだよ。そのへん、ハルエ先輩はそんなこと言わないからな。確かに性格的にはキツいかもしんないけど、うるさいことは言わないし、私を自由にさせてくれてるし、だからあの人を頼ってんだ」
「ハルエが君を引き止めるのは、君から金を巻き上げるいい口実になるからだよ」
「う、うるさいっ。あんたなんかには頼らない。車を止めろ、私を下ろせ。先輩のところに帰らせろ」
 祐樹は唇を歪めて横目で理沙を見る。理沙はいきり立っていて、横からハンドルをかっさらうか、でなければこのまま車を飛び降りてしまいそうだ。
「……わかったよ。君がそんなに言うんなら、無理に引き止めない。でも、ここじゃ降ろせないよ。近くまで送っていく」
「ンなこといって、あんたのアパートに連れこむつもりじゃないだろうな」
「そんときは、ちょいと悲鳴を上げて助けを呼べばいいじゃん。なんせ法律事務所に勤める身だからね。中学生の女の子を無理やりアパートに連れこもうとしたなんて騒ぎになれば、僕は一発でクビだよ」
 理沙はしばらく祐樹を睨みつけるように見ていたが、車が再びハルエのアパートの方に向かい出したので、腕を組んで再びシートに身を沈めた。彼女の軟化を感じて祐樹は微笑んだ。
「君が大人嫌いなのはわかるけど、せめて困ったときくらいは大人に頼ってみるのも悪くないと思うよ」
「ふん。大人なんかをアテにするのはゴメンだね」
「そう言うなって。頼るんじゃなく、利用してやると思えばいいじゃん。人によってはうるさく説教するかもしれないけど、ウンウンって頷きながら聞くフリでもしてれば、しゃべってる方も満足するから。突っ張るのもいいけど、そのくらいの処世術を身に着けとくのもいいんじゃない?」
「ショセージュツ?」
「んーと、世渡りの方法って感じかな。大人ってのは、そういうことには詳しいからね。ウザいかもしれないけど、たまには大人の話を聞いてみるのもいいと思うよ」
 理沙は物珍しそうに祐樹を見る。この男は変わっていると、理沙はときどき思う。「大人を利用してやれ」なんて言う大人に会ったのは初めてだ。いろいろとおせっかいを焼いてくるけど、それを恩に着せるわけでもないし、偉そうな説教をたれるわけでもない。かといって、甘やかすわけではないし、突き放すでもない。掴み所が無い男だ。
 二人とも黙り込んだまま、車は数分でハルエのアパートまでやってくる。理沙は何も言わず車を降り、ドアを叩きつけるように閉めてアパートに向けて歩き出した。祐樹が窓を開けて呼び止める。
「理沙」
 理沙は足を止め、嫌な顔を隠そうともせずに振り向いた。
「なんだよ。礼なら言う気はないぞ。あんたが勝手にやったことだからな」
「そう言わないで。たとえ心にも無い言葉だったとしても、ちょいと持ち上げられれば人は気分良くなれるんだから。それが処世術っやつだよ。心証を良くしておけば、次に会ったときにも親切が期待できるかもしれないぞ。もちろん、僕に限った話じゃなくね」
 理沙はフンと鼻を鳴らし、おざなりに頭を下げた。
「送ってくれてどーも」
 理沙の声はどう聞いても感謝の念が微塵も無いが、祐樹は満足して微笑んだ。たとえそれが心にも無い言葉だろうと、打算に満ちたセリフだろうと、人に頭を下げることを覚えれば理沙も少しは変わるかもしれないのだ。
「じゃあ、僕は帰るよ。おやすみ、理沙」
 祐樹は窓を閉め、車を発進させた。理沙は見送るつもりは無かったのだが、つい祐樹の車が見えなくなるまでその場で立ち尽くしてしまった。
 ようやく我に帰ると、理沙はつまらなそうにジーパンのポケットに手を突っ込み、足音を立てないように階段を上る。安アパートだから夜は足音が響くのだ。二階の突き当たりが居候しているハルエの部屋で、鍵が開いているのを確認してゆっくりとドアを開く。
「ただい──」
 中に入りかけて理沙は足を止めた。玄関に、ハルエが眉を吊り上げて立っていた。

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