差出人不明のチョコレートをきっかけに、中学生の男女の揺れる心情を描く

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Who loves whom?

その7

 週明けの月曜日。
 ドアチャイムを押したヒロは大きな白い息を吐き出した。今日は冷え込みが厳しい。まだ寒い日が続きそうだし、今後、早起きするモチベーションも下がっていく一方のような気もするので、そろそろ昔のようにマキに起こしに来てもらう形に戻そうかと思い始めている。
「おはよー、ヒロ」
 勢いよくドアが開いてマキが玄関から姿を現した。ドアが巻き起こす超局所的突風にヒロは身をすくめる。
「寒いよ」
「うん、今日は寒いね」
 寒さなど微塵も感じさせない口調でマキは言うと、開けたときとは裏腹によ風程度の強さでドアを閉め、いつもの軽やかさで歩き出した。半歩遅れてヒロも寒さで重い足を踏み出す。
「なぁ、マキ」
「なに?」
「今日、うちに夕飯食べに来る?」
「んー? 今日はお姉ちゃんいるからいいよ」
「アキさんも一緒にって、お袋が」
「なんで?」
「風邪を悪くしないようにしっかり栄養をつけないと、だってさ」
「風邪?」
 マキは反芻し、思い当たって大きく頷いた。
 あの日、マキはヒロの家に夕食を食べに行く約束をしていたのだが、思いがけずヒロと結ばれセックスまでしてしまった。ヒロとの情事にふけった直後にヒロの母に会う度胸はさすがのマキも持ち合わせておらず、風邪気味だからと嘘をついて約束を断った。おそらく、そのことだろう。
 小学校を皆勤賞で卒業した元気娘のマキが風邪だと聞き、世話好きのヒロの母はアキマキ姉妹に栄養をつけさせるために夕食を振る舞うと言って聞かず、ヒロを困らせたのだった。マキが粗食なのは一人で留守番しているときの夕食だけなのだが、どうもヒロの母は、両親が仕事で忙しいアキマキ姉妹が食事に困っているという失礼極まりない勘違いをしているようだ。
「お袋の気が済まないみたいだから、うちに来なよ」
「んー、じゃあお邪魔しようかなぁ」
 渋々マキは頷いた。正直、今でもヒロの母に会うのは少し気が引けるのだが、避けてばかりいるわけにもいかないので、そろそろ元気な姿を見せておいた方がいいかもしれない。
「それじゃ、アキさんにも言っといて」
「わかった」
 マキは頷き、そしてつい頬を緩ませる。それをヒロが見とがめた。
「嬉しそうだね。そんなにご飯が楽しみか?」
「そういうわけじゃ……いや、そういうことにしとこう」
「しとこうって、どういうことだよ?」
「別に」
 澄まして言って、マキはまた微笑む。
 ほんの少し前のヒロだったら、何かと理由をつけてアキに直接会おうとしていたはずだ。それが今はあっさりとマキに言付けを託し、直接会うことに固執しない。さっきも、玄関でアキが応対に出てこなくても未練を見せなかった。やっとヒロの心からアキへの執着を追い出すことができて、マキは幸せいっぱいだった。
「やっぱ今日のマキ、ちょっと変だぞ?」
「どこが?」
「機嫌がいい」
「それじゃ、私がいつも不機嫌みたいじゃん」
 マキが拳でヒロの額を叩く。ヒロはいつものように大げさによろめいた。
「前言撤回。やっぱ、いつものマキだ」
「ふふ、当たり前じゃん。馬鹿なこと言ってないで、早く学校行こう」
 マキがヒロの手を引っ張って促す。手をつなげば心も繋がるというのは事実だったが、心が繋がれば手をつなぎたくなるというのは幼稚園の先生も教えてくれなかった、マキだけが知っている真実だ。


 いつものように、二人が学校に着いたときはまだ閑散としていた。人が少ないせいか、それとも単に今朝が冷え込んだせいか、校舎の中もなんとなくいつもより冷え冷えしている気がする。
「うわ、教室の暖房がついてない予感」
 マキが顔をしかめて白い息を吐いた。
「屋上階段にいようか。あそこ、陽が当たってあったかいもんね」
 上履きに履き替えながら機嫌良く言うが、ヒロは無言だった。
 マキが不審に思って振り返ると、ヒロは下駄箱の扉を開けた状態で立ち尽くしていた。マキは首をかしげ、そしてふと思い当たった。
「ちょっと、まさか?!」
 マキは慌てて駆け寄ってヒロの下駄箱を覗き込む。
 中には、ヒロの上履きだけが入っていた。他には、何も無い。マキは安堵の息をついた。
「なんだ。なにボーッとしてんの? てっきり、またバレンタインのチョコでも入ってるかと思ったじゃない」
「一日遅れのチョコでも入ってないかなって、ちょっと期待したんだけどな」
「なにふざけた期待してんのよ」
 マキの拳がヒロの胸を突く。今度は半ば本当にヒロはよろめいた。何があっても、拳でツッコミを入れる癖は治らないらしい。
「どうせ私以外にはヒロにチョコを上げる物好きはいないんだから、くだらない期待はやめたら?」
「自分で物好きとか言っちゃうのかよ」
「当然」
 マキは鼻を鳴らして横を向く。
 でも、今ならマキにも分かる。なぜ、ヒロが他の女子にもてないのか。
 口が悪くて皮肉っぽい言い回しをするが根は優しいし、学業が優秀な上に、幼なじみ兼恋人のひいき目を排して見ても中の上程度には容姿も整っている。
 そんなヒロがもてないのは、いつもそばにマキがいたからだ。マキ自身、ヒロから告白されるまでは自覚をしていなかったが、今思えばいつもヒロの存在を意識していた気がする。恋人らしいことをしていたわけではなくても、周りはいつも一緒にいる二人をやはりそういう目で見ていたのだろう。仮にヒロに恋愛感情を抱く子がいたとしても、マキがそばにいるせいで想いを告げることができなかったに違いない。
 ふと、マキの胸を不安がよぎる。同じ学校の、同じクラスに通っている今はいい。だが、クラスが変わったり、進学などで学校が変わってしまったらどうなるのだろう。マキがそばにいなければ、ヒロに好意を寄せたりアプローチをかけてくる子もいるかもしれないし、バレンタインデーにはチョコをあげる子も出てくるかもしれない。そんなことになったら、マキは冷静にしていられるだろうか。
「マキ、どうしたの?」
 押し黙ってしまったマキを、ヒロが心配そうに見つめていた。
 この優しい眼差しを、絶対に他の子に取られたくない。そう思ったマキの頭に名案が浮かぶ。
「ヒロ。あんたと賭けしてたよね」
「あぁ……そんなのあったっけね」
 ヒロは渋々頷く。指切りを交わした約束は絶対だ。すっとぼけることはできなかった。
 畳みかけるように、マキはヒロに人差し指を突きつける。
「命令。あんた、これから一生、私以外の子からバレンタインチョコをもらわないこと」
 ヒロは目を見張る。
「なんだそれ?」
「言ったまんまよ。絶対に私以外からチョコもらったらダメ」
「一生って、義理チョコも?」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんはもちろん、他の子からも絶対もらわないこと」
「今までだってもらったことないぞ」
「ぐだぐだ言ってないで、これは命令なんだからね。命令違反は死刑ね」
「殺されてたまるか」
 ほんのわずかに視線を宙にさまよわせて考え込む素振りを見せたヒロは、すぐに意地の悪そうな笑みを浮かべてマキに視線を戻した。
「一つだけ条件付きな」
「なんで命令される側が、偉そうに条件つけんのよ」
「僕に一生チョコをもらうなって言うなら、マキは一生、僕にだけ毎年チョコをくれるっていうのが条件」
 マキは目を丸くし、ヒロと同じような意地の悪い笑みを作ろうとして失敗した。ぎこちない照れ笑いにしかならなかった。
「いいよ。ヒロには私がずっとチョコあげる。私だけ、ヒロだけに、ね」
「じゃあ、決まりだな」
 ヒロが右手の小指を立てる。マキは驚きつつ、妙に気恥ずかしく思いながらしっかりと小指を絡めた。
 指切りを交わしたら絶対に約束は守る、それが何があっても決して譲れない二人のルールだ。

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