差出人不明のチョコレートをきっかけに、中学生の男女の揺れる心情を描く

目次

  1. Home >
  2. 小説 >
  3. Who loves whom? >
  4. その4

Who loves whom?

その4

「……あれ?」
 ヒロは首を傾げた。アキと分かれた後、一度家に帰って着替えてからマキの家にやってきたのだが、ドアチャイムを鳴らしても返事がない。マキは家にいるとアキは言っていたのに。
 もう一度鳴らすが、やはり返事がない。ヒロは二階にあるマキの部屋を見上げる。どこかに出かけてしまったのか、それともまさかまだ機嫌が悪くて、居留守を使っているのだろうか。
 試しに玄関ドアのノブを回すと、静かにドアが開いた。鍵は掛かっていない。しかも、玄関にはマキのスニーカーがあった。やはりマキはいるようだ。
「マキー」
 返事はない。
「お邪魔するよ」
 奥の方の部屋や二階にも聞こえる声をかけて上がり込む。互いによく行き来している仲だ、このくらいの失礼は大目に見てもらおう。階段を上がると向かって右がアキ、左がマキの部屋だ。
「マキ、入るよ」
 いちおう一呼吸ほどだけ返事を待ち、ドアを開ける。念のため、文句の一つか鉄拳でも飛んでくるのに備えて身構えていたが、そのどちらも飛んでこなかった。部屋にマキの姿はなかった。
 机の上にマキの携帯電話が放りっぱなしになっているし、暖房も入ったままなので家の中にいるのは間違いないようだ。トイレにでも入っているのかもしれない。いくら幼なじみとはいえ、勝手に家捜しするわけにはいかないので、このまま部屋で待つことにした。
 それにしても、相変わらず色気のない部屋だ。ところどころに女の子らしい可愛い装飾や小物類はあるのだが、効果的に飾られているとは思えない。ピンク色のカーテンは無造作に開け放たれているだけで、本来カーテンを束ねる役目のタッセルは房掛けにぶら下がっているだけの存在になっている。アキからプレゼントされた花柄のフォトフレームには何の写真も入っておらず、古いぬいぐるみは空虚に部屋の天井を見つめていた。
 それにしても、待っているのは長い。まだほんの一、二分しか経っていないのだが、会いたいときに会えないというのは非常にもどかしく感じた。早くマキに会いたかった。
 ややすると、階段を上ってくる足音が聞こえた。いつも軽快にやってくるマキにしては珍しくのんびりした足音だ。どこかに隠れて驚かせてやろうかと一瞬魔が差したヒロだったが、これから交わす会話のことも考えてやめておいた。
 そして、ドアが開いた。
「やあ、お邪魔してる……よ?」
 姿を現したマキに対して手を挙げ、ヒロはそのまま固まってしまった。部屋に半歩足を踏み入れたマキも、目を丸くして凍り付く。
 マキはショートタンクトップにボーイレングスのショーツ一枚という格好で、華奢な腰や細い手足が惜しみなく露わになっていた。上気した表情と濡れた髪、それに手にしたタオルを見ると、どうやら風呂に入っていたらしい。
 思いがけない半裸姿にヒロはつい見とれてしまった。ボーイッシュと言われることが多く、ヒロとも半ば男友達のような関係で付き合っていたマキだが、やはりこういう格好で見ると頭のてっぺんからつま先まで完全な女の子で、しかもとても可愛らしかった。
「ひ、ヒロ?!」
 わずかに早く我に返ったマキがうわずった声を上げる。
 その声で気を持ち直したヒロは、この何とも言えない空気をなんとかしようとして、またしても軽率な冗談を発してしまった。
「や、やあ、マキ。目の保養をありがとう」
 マキの顔が、風呂の火照りではなく怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。拳を握りしめてヒロに走り寄る。
「うわ、グーはやめろって!」
 ヒロの必死の説得に、マキは学校での惨劇を思い出して拳を振り抜くのを思いとどまった。その隙に、ヒロはマキの脇をすり抜けて脱兎のごとくドアに向かって駆け出す。
「逃がすかっ!」
 マキがその背中に飛びつく。二人はもつれ込んで倒れ、マキはうつぶせに倒れ込んだヒロに馬乗りになって押さえつけた。
「痴漢! 覗き魔!」
「そいつは誤解だ。僕が覗いたんじゃなくて、僕がいるところにマキがその格好で現れたんだろ」
「なんであんたが私の部屋にいんのよ」
「チャイム押しても返事が無かったからさ。いちおう、声はかけたぞ」
「いちおうとか、ダメじゃん」
「ってか、マキも不用心だぞ。家に女の子一人でいるなら鍵かけとかないと。それと、女の子が風呂上がりに下着姿で家を歩き回るのは、さすがにどうかと思うね」
「これからは気をつけるよ。ヒロに覗かれないようにね!」
 マキが両の拳でヒロの頭を挟んでぐりぐり小突く。ヒロはたまらず床を叩いてタップした。
「ギブ、ギブ!」
 それでもしばらくマキはヒロのこめかみを拳で締め続けた。ヒロは痛さでのたうち回り、ようやく頭の痛みから解放されたときにはぐったりと伸びてしまった。
「根性ないなぁ」
「根性の問題じゃない」
 ヒロは抗弁するが、マキが少なくとも学校での不機嫌からは立ち直っているようで少し安心した。
「で、ヒロ。人の部屋に勝手に入って何の用?」
「いろいろ話はあるんだけど……とりあえず、背中から降りない?」
「やだ」
 にべもなくマキは言う。
「お姉ちゃんが帰ってくるまでこうしてる。ヒロがどんなにスケベかお姉ちゃんにもわかってもらわないとね。ヒロ、絶対お姉ちゃんに嫌われるよ」
「アキさん帰ってくるまでって、何時間こうしてるつもりだよ」
 ヒロはガクッと頭を垂れて額を床につけた。
「いちおう言っとくけど。アキさんにはもう振られたからな、これ以上嫌われたって何もないぞ」
「……振られた?」
「うん。学校から帰る途中にアキさんに会った。好きな人が出来て、手作りチョコはその人のところに行ったみたい」
「あー、やっぱり好きな人ができたんだ」
「そうみたい。かなりショック」
「ふーん……ま、私の予想通りだったでしょ。残念だったね」
 そう言うマキの声はヒロにはどこか嬉しそうに聞こえた。
「同情のかけらも感じられないのは気のせいかな」
「気のせいだよ。ふふ」
「笑ってるじゃん!」
 文句を言おうとしてヒロは首を大きく捻り、自分の肩越しにマキの真っ白な太ももが目に入って思わず言葉を飲んだ。
「見るなっ」
 目をつり上げたマキがむりやりヒロの首を捻って視線を逸らさせる。
 ヒロは悶々とした気持ちを抱えながら溜息をついた。
「……で、好きな人が出来たから、僕にチョコくれるのは今年で最後だって言われた。それが、あのチョコ」
 マキは目を剥く。
「あれ、お姉ちゃんのだったの?!」
「そうみたい」
「……チョコのメッセージは?」
「MAKI LOVES HIRO」
「……」
「と、HIRO LOVES MAKIだって」
「え?」
「アキさんが言うには、マキは僕のことが好きで、僕もマキのことが好きなんだって。お似合いだって言ってた」
 マキが沈黙に陥る。背を向けているヒロには表情は見えないが、おそらくいろいろな感情が自分の中を渦巻いているんだろう。
 チョコに隠されたメッセージを聞かされて、マキがつい逃げ出した気持ちが今のヒロには少し分かる。自分が気づいていなかった感情を他人に指摘されたとき、うろたえることしか自分にはできない。ヒロはいわば第三者であるアキに指摘されたから、まだ客観的に考える余裕も少しはあったが、マキの場合、図らずも当のヒロが指摘する形になってしまった。ヒロも逆の立場だったら、平静を失っていたかもしれない。
 そして、マキの逡巡をヒロが理解できると言うことは、ヒロと同じような気持ちをマキも抱えていると言うことに他ならない。
「ねえ、マキ」
 ヒロはマキの下で、無理矢理寝返りを打って仰向けになった。
「うっわ、動くな、見るなっ」
 マキは顔を真っ赤にしてヒロを両手で目隠しようとする。
 顔を覆うマキの手の温かさに心地よさを感じながら、ヒロはその両手を押し留めた。
「僕ら、付き合ってみない?」
「……は?」
「幼なじみから恋人同士に昇格したいなぁと思ってるんだけど、マキはどう?」
 ヒロが見つめる先で、マキの表情が目まぐるしく移り変わる。付き合いの長いヒロにも、さすがに猫の目のように変わる表情から感情を読み取るのは不可能だった。沈黙が部屋を覆う。
 最後にマキの顔に浮かんだのは、不審だった。
「あのさぁ、まさかお姉ちゃんにお似合いだとか言われたから、そんなこと言ってるんじゃないんだろうね」
「アキさんに背中を押されたって言うのはあるけど、それだけじゃないよ」
「他に何があんのよ」
「んー、なんていうか」
 ヒロはつい目を逸らす。さすがに、面と向かって言うのは恥ずかしい。
 だが、マキがそれを許さなかった。逸らした視界の中にマキが割って入る。大きな瞳がヒロの視線を捉えた。
「なんていうか?」
「顔が近いよ」
「なんていうか、何?」
「……マキといつも一緒にいたいというか」
「……」
「マキがいないと寂しいというか」
 ヒロは自分が赤面するのを感じた。人生初めての告白とはいえ、今まで何の遠慮もなく軽口を叩き合ってきた相手なのに、なんでこんなに恥ずかしく、そして緊張するのだろう。こんな思いは初めてかもしれない。
 それに対するマキの反応も、初めて見るものだった。恥ずかしがるでもなく、怒るでもなく、ただひたすら張り詰めたような真剣な表情でヒロを見つめていた。
「ヒロ」
「ん?」
「ヒロって、お姉ちゃんのことが好きだったよね?」
「う、うん……」
 口ごもりながらも、ヒロは思わず頷く。公言はしないにしても、アキに対する好意を隠していたつもりはない。嘘はつきたくないし、嘘をついたとしてもマキは騙せないだろう。しどろもどろになって弁明する。
「アキさんも好きだけど、マキも好きっていうか。あぁ、それじゃ二股かけてるみたいだな、そうじゃなくて……」
「お姉ちゃんに振られたから、私を代わりにするってこと?」
「それは違う」
 そこはきっぱり首を横に振った。急に口調が変わったヒロに、マキは少し驚いた表情を見せる。
「マキに対する気持ちとアキさんに対する気持ちは違うんだ。どう違うかっていうと……僕にも説明できないんだけど」
「何よ、それ」
「本当に説明できないんだよ。まあ、はっきり言えるのは、マキがアキさんの代わりだと思ったことはないし、逆にアキさんだってマキの代わりにはならないってこと」
「説明できないとか言って、ごまかそうとしてるんじゃないの?」
 マキが拳で軽くヒロの頭を叩く。
 ヒロは驚いた。マキが機嫌良いときに見せるツッコミの仕草だ。
「ま、そういうことなら、なってもいいよ」
 何が、とヒロが聞き返すより早く、もともと互いの息がかかりそうなほど近かった二人の顔の距離がさらに縮まった。そして、正面衝突事故のように二人の唇が触れ合った。感触を味わうことも出来ない、時間にしてほんの一秒にも足りるかどうかというきわめて短い接触ではあったが、明らかなマキの意志によって重ねられた本気のキスだった。
「これで、恋人同士になれたかな?」
 マキが頬を赤らめる。マキが愛おしくなってヒロはマキを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、ヒロ」
「キスの感触がわからなかったから、もう一回」
 マキの首に腕を回し、ヒロの方から唇を重ねる。柔らかく、少しひんやりとしたマキの唇。しかし、ヒロはその感触を十分に味わうことが出来なかった。唇の感触以上に、抱きしめたマキの体の重み、細さ、しなやかさ、そして温かさがヒロの心を吸い付けたからだ。
 唇を離して少し顔を上げたマキは、嬉しさと恥ずかしさで口元を緩めた。
「キスの味、どうだった?」
「わからなかった」
「はぁ? なんで……んっ」
 ヒロは強引にマキを抱き寄せ、もう一度口づけた。唇を重ね、その感触を味わいながら、背中に回した両手でマキの華奢でしなやかな背中や肩を撫で回す。
「んん……」
 マキはわずかに身震いをしたが、キスの感触をたっぷり味わいながらヒロの愛撫を受け入れていた。だが、ヒロがタンクトップをたくし上げ始めると、さすがにヒロの腕を振りほどいて体を起こした。
「ちょっと、ヒロ!」
「なに?」
「なに、じゃないでしょ」
 マキは両手でタンクトップを撫でつけて乱れた裾を整える。
「付き合おうって言い始めたばっかで、いきなりそこまでする?!」
「恋人同士なんだからする、と思うけど」
「順番ってもんがあるでしょ」
「どんな?」
「例えば……デートしたりとか」
「一緒に出かけたり遊んだりするのって、日常茶飯事じゃん」
「んー……」
「正直、マキのその格好見てからずっと興奮しっぱなしなんだよね」
 マキはまた顔を赤くする。下着姿であることを忘れていた。
 ヒロはマキの細い腰を抱く。
「マキは僕とするの、いや?」
 マキは口をつぐむ。嫌というわけではない。ただ、一度でもそういうことをしてしまうと、今後のヒロとの関係が全く変質してしまうのが怖かった。今までの、気が置けないヒロとの関係がマキにとっては十分楽しくて幸せだったのだ。
 それに、急激に事を進めようとするヒロにも不安があった。
「ヒロ……私、ほんとにお姉ちゃんの代わりじゃない?」
「違うってば」
「ほんとに?」
「本当だって。アキさんは憧れだけど、アキさんにエッチなことしたいって思ったことは一度もないもん。エッチしたいって思ったのは、マキが初めて」
 マキは小さく息を吐いて、まだキスの感触が残る唇を舌で舐めた。
「……ならいいよ、ヒロの好きにして」

▲PageTop

  1. Home >
  2. 小説 >
  3. Who loves whom? >
  4. その4