差出人不明のチョコレートをきっかけに、中学生の男女の揺れる心情を描く

目次

  1. Home >
  2. 小説 >
  3. Who loves whom? >
  4. その3

Who loves whom?

その3

「ちぇっ、マキのやつ……」
 ヒロは久しぶりに寂しく一人で帰宅の途につきながら、独り言をこぼす。どうして急にあんなに不機嫌になったのか、さっぱり分からなかった。チョコの文句が気に入らなかったようだが、いつものマキのノリなら笑い飛ばすか拳でツッコミを入れるかのどちらかなのに。
 MAKI LOVES HIRO、それがヒロの出した答えだ。全てをばらして別なニュアンスを持つ文章にならないか考えてみたものの、意味がある文章にはなりそうな気がしなかった。主語だけをとっても、MIKAはもちろん、KIMAやKAMIなんて名前には心当たりがない。そして、MAKIという名前も、ヒロの知己には幼なじみのマキしかいなかった。
 だが、ヒロもこのチョコがマキからの物だとは思えなかった。彼女の性格からして、こんな面倒くさいギミックを考えるとは思えないし、わざわざ下駄箱に入れておくというまどろっこしいことをする理由もない。マキの態度からしても明らかだ。
「ヒロ君」
 突然舞い降りた透き通った声に、ヒロは心躍らせた。マキの姉・アキが私服姿で立っていた。なんたる不覚だろうか、差出人も分からないチョコのことを考えるあまり、前方から憧れのアキがやってくることに気がつかなかったとは。
「あ、アキさん」
「あら、どうしたの、その顔?」
 ヒロの顔に貼られた絆創膏を、アキの指先が優しく撫でる。
「あ、階段から落ちちゃった」
 マキに叩き落とされたとは言わなかった。それを言ったら、ヒロがマキに言ったデリカシーのない冗談も露見してしまう。
「それは気をつけないと。せっかくのイケメンが台無しだよ?」
 微笑を見せるアキに、ヒロも思わず頬をほころばせた。
 アキの愛らしい笑顔は、大げさ抜きで本当に心が和む。アキのスマイル写真を全世界にばらまけば、地球人類みんなが和んで地球上から紛争という物が一掃できるんじゃないかと、ヒロは半ば本気で考えている。もっとも、アキの笑顔を拝む権利を持つのは全世界で自分一人でありたいと、これまた結構本気で思っていたりもするのだが。
「アキさんはどこ行くの? 塾?」
「そ。学校から解放されても、また勉強ってわけ」
 言葉とは裏腹に、アキはどこか楽しそうだった。
 以前はヒロとマキ、アキの三人でよく遊んでいたのだが、現在、受験シーズンまっただ中にいるアキは、放課後や休日も塾通いや自宅での勉強に忙しく、遊ぶ暇がない。最近、相手をしてもらえないヒロはそれが残念なのだが、アキの方は全く残念がっていないのが、またヒロには残念だった。
「ところで、ヒロ君。マキとケンカした?」
「え」
 ヒロは笑みを強ばらせる。
「マキの様子がおかしかったよ。珍しく一人で帰ってきたみたいだし、何か考え込んでるみたいな変な顔してたし」
「へぇ、あいつでも考え事するんだ」
「答えになってないなぁ」
 下手な冗談で話を流そうとしたヒロを見透かしたように、アキはやんわりと睨む。全然怖くはないのだが、アキに睨まれるとヒロは何故か気が引き締まるような感じがした。
「ケンカしたかって聞いたんだけど?」
「多分、してない。マキが勝手に癇癪起こしただけだよ」
「それをケンカって言うんだよ。理由は?」
「いちおう秘密」
「あら、ひどい。ま。ヒロ君とマキの問題だからとやかく言わないけどね。言っておくけど、ヒロ君を責めてるんじゃないよ。仲直りするなら早いうちのほうがいいよって言いたいだけ」
「僕に謝れってこと?」
「そうじゃなくて、ヒロ君の方から声を掛けて欲しいのよ。マキは意地っ張りだから、仲直りしたくても絶対に自分からは言い出さないじゃない。ヒロ君も付き合い長いから分かるでしょ?」
「うん、よくわかる」
「じゃあ、お願いね。ヒロ君ならできるもんね」
 アキの笑顔にヒロはいちおう頷いておいた。ヒロとマキのケンカなんて特に珍しいことでもないのだが、わざわざアキが言及すると言うことはよっぽどマキの様子がおかしかったということだろうか。
 ヒロはそれでもアキが矛先を収めてくれたので、思い切って朝から気になっていたことを聞いてみることにした。
「とこらでアキさん。マキから聞いたんだけど、手作りのバレンタインチョコ作ってたって本当?」
「あら、マキ喋っちゃったんだ。おしゃべりだなぁ」
「やっぱり本当なんだ」
「うん」
 アキはあっさり頷いた。
「でも」
 ヒロが口を開くより早く、アキが言葉を継いだ。
「期待させちゃったりすると悪いから先に行っておくね。ヒロ君にじゃないよ」
 今朝、マキから聞いてはいたからいちおう覚悟はしていたが、そんなはずはない、ありえないという思いは頭から離れていなかっただけに、本人から直接聞かされるとやはりショックだった。
「じゃあ、誰に?」
「えー、そこまで聞くかなぁ?」
 苦笑いするアキも愛らしかったが、残念ながら今のヒロには鑑賞する余裕がなかった。
「ま、いいや。ヒロ君には教えてあげる。マキとかうちの人には黙っててよ。好きな人が出来たんだ。クラスメートで、同じ塾に行ってる人」
 ヒロは悔しさを抱えつつも、自分でも驚くほど意外に納得してアキのカミングアウトを聞いていた、
 遊ぶ暇も無いくらい勉強に追われているのにアキがどこか楽しそうなのは、好きな人と一緒に勉強をしているからだ。ひょっとしたら勉強よりも、思い人に会うつもりで塾に行ってるのかもしれない。
「だから、ヒロ君には悪いんだけど、ヒロ君にバレンタインチョコを上げるのは、今年で最後ね」
 突然のことにヒロは胸を貫かれたようなショックを受けた。これは全く予期していなかったせいか、思い人の存在を打ち明けられた以上のダメージで、胸が痛んだ。
「な、なんで?」
「本命ができたから」
「義理チョコもくれないの?」
「うん」
「なんでなんで。義理くらいいいじゃん」
「なんていうかなぁ。一言で義理チョコって言っても、好きな人や恋人がいない人があげる義理チョコと、好きな人がいるんだけどそれとは別にあげる義理チョコって、やっぱり違うんだよね。なんか、とっても失礼な気がする」
「わかんない」
「私もうまく言葉に出来ないんだけどね。本命になりうる義理チョコと、なりえない義理チョコの差っていうか」
「全然わかんない」
「やっぱり分かんないかぁ。でもね、これは分かって欲しいの。ヒロ君が嫌いになった訳じゃないの。私にとってヒロ君は大切な人には違いないから、だからこそ義理チョコなんていう失礼な物はあげたくないっていうか。うーん、説明が難しい」
 アキが困ったように眉をひそめる。
 理解できないし、納得もしていない。でも、ヒロはアキを困らせたくなかったので頷いた。大切な人と言ってもらえただけでも、少しは心の傷が癒えた。
「わかったよ、アキさん。諦める」
「ありがとう、ヒロ君」
 アキが微笑んでヒロの頭を撫でる。子供扱いをされたようではあるが、このささやかなスキンシップが思いのほか心地よかった。
「ヒロ君は私から義理チョコもらわなくても、マキから本命チョコもらえるからいいもんね」
 また少し胸が痛んだ。生まれて初めての経験だが、振られた人間にとって、振った本人からの慰めの言葉というのは実はかなり傷に応える物らしい。
 ヒロは頭を振ってアキの言葉を追い出そうとする。だが、よく咀嚼するとさらっと重要なことを言われていることに気がついた。
「……本命?」
「あ、やっぱり気づいてなかった。マキも疎いけど、ヒロ君もそういうとこ鈍感だなぁ」
「えっ? えっ?」
「マキはね、ずっと前からヒロ君のことが好きなんだよ。知らなかった?」
「そ、それはないでしょ。あいつの態度的に」
「それはね、多分、マキは自分でもヒロ君が好きだって気づいてないんだと思うよ。小さい頃からいつも一緒にいるから、二人ともお互いになかなか自分の恋の気持ちに気づかないんだと思う」
 ヒロは首をひねる。好きな男を本気のパンチで階段から突き落とす女がいるだろうか。
「アキさんの気のせいじゃない?」
 アキの細い指がヒロの額をはじく。
「女の目を馬鹿にしちゃダメだよ。好きな人がいる子って、上手く隠さないと周りにすぐ分かっちゃうものなんだから」
 ヒロは胸を突かれて黙り込む。今日、全く同じ事をマキ本人も言っていた。
「お、難しい顔になったね。何か心当たりがあった?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「本当かな? ま、本当は第三者が口を挟む事じゃないんだけど、マキとヒロ君を見てるとあんまりもどかしいものだから、前から機会があったら伝えようと思ってたんだ」
 その瞬間、ヒロは自分の頭の中で百ワット級の電球が灯ったような気がした。
 まるで第三者が語るような客観的なメッセージ。マキの気持ちを代弁する英文。そして、徹底的な差出人の隠蔽。そこに今のアキとの会話と、今朝、彼女がヒロたちより早く学校に行っていた事実も加えれば、全ては一つのことを指し示していた。
「MAKI LOVES HIRO」
 ヒロは短く言った。
「アキさんが言いたいのは、そういうこと?」
 アキは驚嘆の表情を浮かべたが、やがてじんわりと笑みを広げていった。
「すごい! すごいよ、ヒロ君。あれ、解いたんだ?」
 アキは少し乱暴なくらいの手つきでヒロの頭を撫でる。ヒロは全てが分かって、全身の力が抜けるような気がした。
「じゃあ、やっぱりあのチョコはアキさんだったんだ」
「うんうん。下手したら、メッセージを解く前にチョコ食べちゃうんじゃないかって心配してたんだけど、本当によく分かったね」
 ヒロは褒められて頬をほころばせる。
「でも、残念だけど五十点」
「はい?」
 ヒロはカクッと首を傾げた。熱烈に褒めてくれたというのに、この低点数はなんだろう。
「どうしてか聞きたい?」
「うん」
「答えが半分しか当たってないから」
「それは点数で分かるんだけど。なんで半分?」
「百点取るためには、HIRO LOVES MAKIっていうパターンがあることにも気づいてほしかったんだよね」
 ヒロはあんぐりと口を開ける。そんなヒロを見て、アキは笑い出しながらまたヒロの頭を撫でた。
「さっきの私の話、よく聞いてなかったのね。自分の気持ちに気づかないのは、二人ともお互いにって言ったでしょ。マキだけじゃなく、ヒロ君にも言えることだよ」
「僕が?」
「そ。マキと同じで、周りから見たヒロ君、マキのことが好きなようにしか見えないよ?」
 ヒロは思わず唸った。ヒロとマキは、周りのみんなからそう見られているのだろうか。
 確かに、よく一緒にいる二人は何度となく仲を噂されたことがある。その度にヒロは冷ややかに、マキはムキになって、揃って否定し、いつのまにかそんな噂はされなくなった。単なる幼なじみである二人の関係を周りも理解してくれたと思っていたが、ただ口にしなくなっただけで、今でも心の中ではみんな同じ事を思っているのだろうか。
 ヒロにとってマキは幼なじみであり親友だ。好きか嫌いかの二択で言えば、好きに決まっている。だが、それが男女間の感情かと聞かれたら、正直、自信がない。
「一度、マキと気持ちを確かめ合ってみたら?」
「どうやって?」
「面と向かって話し合ってみるしかないでしょう」
「なにを話せばいいのかな」
「自分の気持ち。何も考えないで、思ったまま話せばいいの」
「むぅ」
「なに難しい顔してるの。それに、マキを怒らせたままなんでしょ。マキなら一人で家にいるから、仲直りするなら今のうちだよ」
 言いながらアキは携帯電話の時計を見る。
「もうこんな時間だ。ゴメンねヒロ君、もう塾に行かなくちゃ。またね」
 アキは手を振って歩き出したが、数歩だけ歩いたところで立ち止まり、ヒロを振り返った。
「ヒロ君とマキ、お似合いだよ。自信もっていいよ」
 それだけ言って、あとは一度も振り返ることなく歩き去っていくアキの後ろ姿を眺めながら、ヒロは得体の知れない複雑な気持ちが広がるのを感じた。
 ヒロの恋の対象はアキだ。少なくとも今まではそう思っていた。マキも好きだが、アキに対する気持ちとははっきり異なる。だから、マキへの気持ちは恋ではないという理屈は疑念の余地がないように思える。
 でも、普段、一緒にいることが多いせいか、たまにマキと離れていると思いのほか寂しく感じる。現に今、かなり久しぶりにマキとは別に下校してみたら、ひしひしと孤独を感じた。
 アキに対しても、やはり一日一度は会えないと寂しい気持ちはあるが、言い換えれば一日一度会えればとりあえずは満足できる。精神的な依存度で言えば、アキよりマキに対しての方が圧倒的に比重が大きい。
 無性にマキに会いたい、マキと一緒にいたいと思うこの気持ちは、恋なのだろうか。

▲PageTop

  1. Home >
  2. 小説 >
  3. Who loves whom? >
  4. その3