差出人不明のチョコレートをきっかけに、中学生の男女の揺れる心情を描く

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Who loves whom?

その2

「よし。お互いの調査結果を発表しようぜ」
 放課後、再びマキと屋上ドア前の踊り場にやってきたヒロは、例のチョコ入り小箱を鞄から取り出しながら言った。ガラス戸から陽が差し込んでくるせいでぽかぽかと暖かく、陽の差さないことろに小箱を置く。
「まずは、マキ調査員から」
「はーい」
 マキがノリに合わせて手を挙げる。
「私が情報収集した結果、ヒロにチョコをあげたいと思うような物好きは見つかりませんでした。以上です」
「……」
「傷ついた?」
「いーや、素晴らしい報告をありがとう」
 ヒロは気取った一礼をしながら言った。正直、かなり傷ついたが。
「じゃあ、次は僕の番」
「どうだった?」
「僕以外にも似たような義理チョコもらったのがいるかもしれないと思って、さりげなく周りの連中に聞いてみたけど、それらしい話は聞けなかった。本当にもらってないか、もらったけど言わないだけか判断できないけどね」
「男ってチョコもらっても人に言わないの?」
「それは人によると思うけど、これはネタっぽいからなぁ。笑われるのが目に見えてるじゃん」
 ヒロにしたところで、たまたまこのチョコを見つけたときにマキが隣にいたというだけだ。仮に一人の時にこれを見つけ、チョコをもらったと喜び勇んで箱を開けた挙げ句に中身がお徳用チョコだったりしたら、あまりに格好悪くて誰にも言わないだろう──いや、やっぱりマキにだけは笑い話として言うかもしれないが。
「女は、誰にチョコあげたとかしゃべったりするんだ?」
「誰にとは言わないけど、チョコあげちゃったっていう話はするよ」
「じゃあ、さっきの報告はなんだよ。誰って言わないんだったら、ひょっとしたら僕にチョコをくれるっていう子だっているかもしれないじゃん」
「いないよ、絶対」
「何で分かるのさ」
「女の目を馬鹿にしないでよね。本当に好きな人がいる子だったら、たいてい周りの誰かは気づいて噂になっちゃうんだよね」
「マジかよ」
「マジ。でも、ヒロに気がある子なんて噂にも聞いたことないね」
「あぁ、そうですか」
 また面白くない方向に話が戻ったので、ヒロは自分で振った話を自分で勝手に打ち切ってメッセージカードに目を落とした。
『いつもあなたを見つめる女の子がいることを忘れないでください』
 文字やインクの質感からすると家庭用のプリンターで印刷された物のようだ。ポエティックだが、義理チョコに添えるにしては意味深長のような気がする。かといって、本気の告白文としては遠回しで客観的な物言いの上、肝心のチョコの質が見合っていない。
 名前を記さず、手書きの方が味が出そうなメッセージも印刷にしてしまうところを見ると、本気で自分を隠蔽したいということだろうか。だとしたら、いくら考えても時間の無駄かもしれない。
「思い出した」
 一緒にカードに目を落としていたマキが、わざと視界に入るようにヒロの顔を覗き込む。
「ん?」
「この前、お姉ちゃんがお父さんのパソコンを借りて何か印刷してた気がする」
「これはアキさんじゃないっつーの! しつこいな」
 ヒロは苛立って目の前のハエを追い払うかのように手を振った。
 マキも不機嫌になって口を尖らせる。袖にされたことも腹が立つが、それよりも、アキのことになるとすぐ感情的になるヒロの態度が気に入らなかった。
「ヒロ、お姉ちゃんのことになると、すぐムキになるよね」
「そう思ってるならアキさんの話を振るなよ。まあ、怒鳴って悪かった」
「う、うん、いいけど」
 ヒロにあっさり謝られたことで、マキもあっさり機嫌を直す。
 実を言えば、ヒロをからかおうとアキの話を持ち出しただけで、マキもこれがアキの物だとは思っていなかった。
 アキは今までのバレンタインの時も、ヒロに対しては義理だと割り切った上で、どこの店で何を買って贈るかはかなり気を遣って選んでいた。たとえ、好きな人が出来たせいでヒロに対して意識が希薄になったのだとしても、細やかな気配りが出来る自慢の姉がお徳用チョコなどを贈るとは思えなかった。
 では、このチョコを誰が贈ったのかと考えると、マキには想像が付かなかった。ただの級友としてのはそれなりに人望があるが、恋愛感情をヒロに寄せている女子なんて、本当に心当たりがないのである。普段は特につきあいのない、例えば他クラスの子にでもヒロに好意を寄せる物好きがいるのだろうか。
 ただ、同性の立場からこれを贈った人の気持ちを想像してみて確実に言えるのは、このチョコは間違いなく義理チョコであることと、自分がどこの誰なのかをヒロに気づいてもらえなかったとしても全く構わないと思っている、という事だ。ヒロは謎掛けか何かだと思っているようだが、女子にとってバレンタインデーは告白するかしないかの二択しかなく、そして、告白の意図があるなら名前を隠す理由など全くなかった。
「ねえ、ヒロ」
「ん?」
 ヒロはメッセージカードから目を上げる。
「時間の無駄じゃない?」
「マキもそう思う?」
「もって、ヒロもそう思ってたんだ」
「ヒントがないんじゃどうしようもないね」
「じゃあ、チョコ食べよう」
 マキが箱を覗き込む。このお徳用チョコはセロファンで包んでねじっているだけの簡易包装なので、箱を開けていると魅力的な甘い香りが漂ってくる。さっきから食欲がそそられて仕方がなかった。
「どうせなら、帰ってから食べようよ」
「一個だけ」
 マキは素早くチョコを一つつまんで箱をヒロの方に押し返した。セロファンの包みを開き、角形のチョコの頭に刻まれた文字を見て微笑む。
「ラッキー。イニシャルの『M』ゲット」
 そのマキの言葉で、箱のフタを閉じようとしていたヒロの頭の中で電球が灯った。
「ちょっと待ったぁ!」
 今にも口に入ろうとしていたチョコを、ヒロが横から手を伸ばして遮った。チョコがマキの手から零れて床に転がる。
「あー、なにすんの!」
「別なのあげるから。後でね」
 マキの不満を手であしらい、ヒロはラッピングに使われていた包み紙を床に広げ、その上に箱の中身を広げる。
「何が始まるの?」
「ローマ字だよ。多分、チョコの文字が、このチョコをくれた人の名前になるんだ」
「えー。そんな面倒くさいことするかなぁ」
「間違いないって。だからこんなチョコを使ったんだ。僕は子音を集めるから、マキは母音を集めてよ」
「考えすぎじゃない?」
 マキはそう言いながらも、包み紙の上に広げられたチョコの中から母音を見つけ出し、手早く集める。ヒロも床に落ちたMの字を拾って手元に置くと、マキが排除したチョコを隣に順不同で並べた。
「M、H、K、R、V……ブイ?!」
 思わず二度見をしたヒロを見てマキは吹き出した。
「Vだって! この学校のどこに、名前にVがつく人がいんのよ。欧米か!」
 古臭いネタを吐きながら、マキはヒロを拳で小突いてけらけらと笑い転げる。
 ヒロは大きな息を吐いて、手にしていたチョコを包み紙の上に投げ出した。遠慮会釈もなく笑い飛ばすマキにも腹が立つが、なにより、自信満々だったアイデアがあっさりと破綻して自分の馬鹿さ加減に腹が立った。確かにマキの言うとおり、外国人でもなければ名前にVの字を持つなどありえない。もちろん、ヒロに外国人の知人などはいない。
「今度こそ諦めた」
「じゃあ、チョコ食べていい?」
「好きなだけどうぞ」
 ヒロはやけくそ気味に言った。
「やった。まだM無いかな」
 マキは楽しそうにチョコを選ぶ。
「あ、ヒロ、Lなんてのもあるよ。こりゃ絶対日本人じゃないね」
「はいはい。欧米か、でしょ」
 ヒロは力のないツッコミを入れ、自分のそばに転がってるVと、マキが口に入れようとしているLを憎々しく見る。
 そのとき、またしてもヒロの頭の中の電球が灯った。口で止める間もなく、問答無用にマキの手からチョコを叩き落とす。Lが軽い音を立てて床に落ちた。
「ヒローっ!」
 二度までも食べる寸前で邪魔されてマキが怒鳴る。その絶叫を聞きつけて階下にいた生徒が階段を途中まで上がってきたが、二人を見て何故か納得したような顔で戻っていった。
「あんた、さては私に食べさせる気無いでしょ?!」
「後であげるから、ちょっと静かに。マキ、母音見せて」
「……は?」
「別なこと思いついたんだ」
 ヒロは、先ほどマキが集めてひとかたまりにした母音チョコを手元に引き寄せる。
「あー、そっちね」
「ん、何が?」
「ボイン見せてとか言うからビックリしたよ」
 マキが恥ずかしそうに自分の胸を抱く。マキには珍しく女の子らしい仕草に、ヒロはからかうつもりで、つい軽率過ぎる冗談を口にしてしまった。
「その平らな胸は、誰もボインとは呼ばないと思うよ」


「ありがとうございました」
 ヒロが頭を下げて保健室を出ると、仏頂面のマキが立っていた。無言でヒロに鞄を突きつける。ヒロの鞄だ。
「サンキュ」
 ヒロが鞄を受け取ると、マキは鼻を鳴らして歩き出した。ヒロは苦笑いをして隣を歩く。さっきは泣き出しそうな顔でこっちが驚くくらいにおろおろしていたというのに、ヒロが無事だと分かった途端にぶっきらぼうになった。大した変貌ぶりだ。
「ヒロ」
「ん?」
「ごめん」
「……別にいいけど」
 機嫌が悪いかと思えば、珍しく殊勝なマキに少し驚きながら、ヒロは頬に貼られた絆創膏を見せて指差す。
「美男子が台無し」
「それは自業自得」
 マキはもう一度鼻を鳴らす。
 ヒロの軽率な冗談へのマキの返事は、鉄拳パンチだった。それをまともに肩口に食らったヒロはバランスを崩し、階段を転げ落ちたのである。頬以外にも、肩と膝にも打撲を受けて湿布が貼られている。もともと小突くように拳でツッコミを入れることの多いマキだが、まさか本気の右ストレートが飛んでくるとは思っていなかった。顔面を狙わなかったのはせめてもの良識だろうか。
「余計なお世話だけど、これからはグーでツッコミ入れるのはやめたほうがいいよ」
「私からも余計なお世話だけど、ヒロはちょっと口を慎んだ方がいいと思うよ」
「そうするよ。殺人事件の被害者になるところだったからね」
 マキは嫌な顔をしてヒロを睨む。言ったそばから減らず口だ。
 だが、嫌でも頬の絆創膏が目に入り、マキの眼光も鈍った。思わず胸の内を漏らす。
「……死ななくて済んで良かった」
「死なずに済めば、怪我をしたくらいはどうでもいいとでも聞こえるな、それは」
「ヒロじゃないよ。私が死ななくて良かったって」
「ん? なんでマキが死ぬのさ?」
「ヒロが死んじゃったら、私も死のうかと思った」
 ヒロは立ち止まり、冷や汗を流してマキを見る。冗談だと思いたいが、付き合いの長いヒロも聞いたことがない、しんみりとした口調だった。彼女はヒロに構わずに歩を進めるので、その表情を伺うことは出来なかった。
「マキ」
 思わず呼び止める。マキは足を止めはしたものの振り返ろうとはしない。
「なぁ、あのさ」
 マキはようやく振り返る。しばらく無言でヒロの視線を受け止めていたが、口角を歪ませたように笑みを作る。
「ひょっとして、信じた?」
 ヒロは絶句する。マキはそんなヒロを無視するように再び背を向けて歩き出した。
「なんで私が死ななきゃなんないのよ。ヒロって結構単純だよね」
 ヒロは腕を組んで苦虫を噛みつぶした。ほんの一瞬でも、胸を打たれた自分が馬鹿だった。
「ところで」
 マキがヒロに背を向けたまま口を開く。
「何言いかけたの?」
「ん?」
「さっき、別なこと思いついたって」
「あ、あぁ、その話か……」
 ヒロは人がいないところを探して周りを見回すが、この時間はまだ教室に人が残っていることが多く、特別教室では文化部の部活動が行われている。他に心当たりもないので、しかたなく事件現場の屋上前に戻ってきた。殺人未遂事件を目撃していた生徒は、また仲良く戻ってきた二人を見て不思議そうに首をかしげていた。
 さっきのように床に包み紙を広げ、その上に箱の中身を開けると、バラバラに広がったチョコを適当に母音と子音に分けた。そして、おもむろに母音と子音の固まりから二つずつチョコを取り出し並べる。
「LOVE……」
 出来た単語をマキが口ずさむ。
「思いついたって、これ?」
「いーや、まだ」
 残ったチョコを眺めながら首をひねるヒロの真剣な横顔を、マキは呆れ半分、感心半分で眺めた。ヒロは昔からゲームやクイズなど、あまり物の役に立たないことばかり真剣にやる人間だった。
「わかった!」
 ヒロは弾むような声を上げ、手早くチョコを並べ替えた。出来上がった文章にマキは目を丸くする。
「I LOVE HIRO?」
「そう。こんなメッセージが何気なく隠されてたんだよ。スゴイと思わない?」
「偶然じゃないの?」
「こんな偶然があるかい」
「だって、字が余ってるじゃん」
 マキはヒロの手元を指差す。文に使われていないチョコがまだ残っており、母音はA、子音はK、M、Sが使われていなかった。
 ヒロもこれらの文字の存在を不思議には思っていたが、少なくともヒロの語彙ではどう組み合わせても意味のある単語は作れなかった。
「これは、多分、間違えて入っちゃったんだよ」
「えー? こういう凝ったことする人が、そんなケアレスミスするかなぁ」
「やっぱり不自然かな」
「不自然にもほどがあるよ」
 ヒロは溜息をつく。I LOVE HIROの部分はどうしたって偶然ではないと思うが、問題は残りの文字だ。これらの文字が全くの余計なのか、それとも何かの文字が足りなくて単語にならないだけなのか。さすがにそこまでは予測はできない。
「それにさ」
「ん?」
「結局、誰がこのチョコくれたのかは分かんないままじゃん」
 そのマキの一言で、今日になって何個目かすでに忘れたが、またしてもヒロの頭の中で電球が灯った。慌てて身を乗り出す。
「ひょっとしたら、この文の主語はIじゃなくて人の名前になるのかもしれない」
「贈った人の名前になるってこと?」
「うん。三人称になるから動詞のLOVEをLOVESにすれば、残りの文字で人の名前が」
 しゃべりながらチョコを動かしていたヒロは、不意に口をつぐむ。あまり期待せずにヒロの指先を目で追っていたマキも、瞠目して体を強ばらせた。
 主語の位置にあったIを外し、動詞にSを付け加えると、母音はKとM、子音はAとIが余る。これらを組み合わせて作れるローマ字の綴りは『KAMI』、『MIKA』、『KIMA』――そして『MAKI』だった。
 MAKI LOVES HIRO、ヒロはそうチョコを並べた。
「は、はは」
 マキが乾いた笑いを漏らす。目は全く笑っていなかった。
「なにそれ、まるで私のチョコみたいじゃん」
「そうは言ってないけど」
「じゃ、なんで私の名前にすんのよ。他に何か無いの? 例えばMIKAとかさ」
「ミカねぇ……心当たり無いなぁ」
「KIMAとかKAMIとかは?」
「そんな突飛な名前の子がいたら嫌でも覚えてるよ」
 マキは憮然として口をつぐむ。大きな瞳がめまぐるしく動き、ヒロにも彼女が何を考えているか読めなかった。
「つまんない。帰る」
 唐突に鞄を掴んでマキは踵を返した。ヒロが止める暇も無く、彼女は重力を感じさせない身軽さで階段を一足飛びで駆け下りる。
「あ、ちょっと、マキ!」
 ヒロは慌てて後を追おうとしたが、チョコをそのままにしておく訳にもいかず、チョコを鞄に手早く鞄に放り込んで後を追う。だが、息急き切って昇降口までやってきたときには、マキの姿はすでに校門の向こうに消えていた。
「なんだよ、マキ……」

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