おてんば少女が宿敵に挑む

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バレンタイン協奏曲

第一楽章・前

 誰もいない公園で、志麻は一人でブランコに乗っていた。最初はただブラブラ揺らして遊んでいただけだったが、小さい頃に近所の仲間たちと高さを競って遊んでいた頃のことを追い出して、立ち漕ぎで空高くまで舞わんばかりにスピードを上げて楽しんでいた。
 この寒い時期、今時の子供たちは暖かい家の中でゲームでもして遊んでいるのだろう。などと言っても、志麻だって周りから見れば今時の子供の一人だ。志麻だって寒いのは苦手だし、人並み程度にはゲーム好きだ。でも、家に籠もって一人でゲームをするよりは、仲間たちと外で遊ぶ方が好きだった。母親からは、男の子より男の子みたいとよく言われたものだ。
「おい、志麻」
「お、委員長」
 呼ばれる声に振り向くと、マジメ君の学級委員長こと耕輔が公園にやってきたところだった。志麻はトップスピードに乗ったブランコから躊躇無く飛び降り、安全柵を跳び越えて見事に着地を決めた。
「志麻、危ないって」
「平気だよ、このくらい。子供の頃よくやってたしね。委員長もやったでしょ?」
「さすがに柵を跳び越えたことは無いなぁ」
「うっそ、あたしだけ?!」
 志麻は本気でショックを受けた。女の子はまだしも、男の子なら誰でも一度はやっていると思ったのに。
「それよりも、志麻。本当に昨日のことはいいよ」
「え?」
 耕輔の唐突な話に、志麻は目を瞬かせる。
「別に先生にチクッたりする趣味は無いしさ。今度から気をつけてくれればいいよ」
「えーっと……何の話?」
「何の話って、昨日のこと謝りたいからって俺を呼び出したの、志麻だろ」
「あー、そうだったそうだった。忘れてた」
「わ、忘れてたって……」
 呆れる耕輔に、志麻は頭をかいた。本当は耕輔の家に押しかけるつもりだったのだが、耕輔の家がわからなかったので昨日のことを謝りたいと言ってこの公園に呼び出したのだった。つい十数分ほど前のことなのに、ブランコ遊びに興じてすっかり忘れていた。
「そんじゃまあ、昨日はごめんなさいってことで」
「あー、うん、まあ、いいよ」
 よくわからない展開に、耕輔はあいまいにうなずく。
「それで、ついでってわけじゃないんだけど」
 志麻はベンチに駆け寄り、置いてあったナップサックから包みを取り出した。昨日買ったチョコレートケーキの包みを、耕輔に差し出す。
「はい、バレンタインのプレゼント」
「わ、ありがとう」
 耕輔は照れや喜びではなく驚いた表情で包みを受け取った。志麻からバレンタインプレゼントを受け取るとは予想していなかったらしい。
「なんか微妙な反応。あたしからもらっても、嬉しくない?」
「いや、嬉しいよ。何ていうか、予想外だったからさ」
「そりゃそうか。あ、言っておくけど、義理とかじゃないからね」
「えっ?」
 耕輔は驚きで大きく見開かれた目でまじまじと志麻を見つめる。頭がいいくせにこういうのは鈍感なんだと志麻は迂遠に思う。
「そ、それって、どういう」
「委員長のことが好きだって言ってるの。というか、チョコを渡した時点で察してよ」
「あ、そうか。ごめん」
 さっきの志麻とは逆に、今度は耕輔が照れながら頭をかいて目を伏せる。優等生の耕輔の、あまりらしからぬ反応におかしくなりながら、志麻は一歩歩み寄る。
「で?」
「で、とは?」
「こっちが思い切って告白してるんだから、その返事をするもんでしょ」
「えぇっ? それって口に出して言わなきゃわかんないことかなぁ」
「こういう大事なことは、はっきり口に出して言うべきよ。イエスかノーかでいいんだから。怒んないから、ほら」
 志麻に促されて、それでも耕輔は一分ほど困ったように黙りこくっていたが、意を決して顔を上げた。
「イ、イエス」
 堂々と、だが顔を赤らめて言う耕輔。
 志麻は別に聞いていなかった訳じゃなく、むしろ神経を尖らせて耕輔の言葉を耳に入れていたのだが、それでもなぜか耕輔の言葉の意味を捉えることができず、首をかしげて裏返った声を上げた。
「……へ?」
「だ、だからイエスだよ。付き合ってもいいよっていう……あぁ、それじゃなんか上から目線だな、ぜひ付き合って欲しいというか」
「ままままままま、マジで?!」
「もちろんマジだよ。ていうか、なんでそんな意外そうなのさ」
「だだ、だってさ」
 ようやく事態を理解し、血が顔に上って志麻は顔を真っ赤にする。
 二人ははっきり言えばケンカ友達だった。お転婆で少しばかり行儀が悪いクラスメートと、それを注意する真面目な学級委員長という形で、二人はよく言い合いをしていた。それだけに二人はクラスの中でも会話を交わす量が必然的に多く、険悪な雰囲気になることなく軽くて遠慮のないやり取りができる耕輔に志麻は密かに惹かれていたが、逆は絶対にないだろうと半ば諦めていた。
 今日の突撃だって志麻としては玉砕覚悟の特攻のつもりで、成功の可能性なんてこれっぽっちも考えていなかった。
「あたしてっきり、委員長に嫌われてると思ってた」
「そんなこと無いよ、だって志麻といると楽しいもん。俺こそ、志麻に嫌われてると思ってたよ。いつもうるさく言ってるから」
「二人とも同じこと考えてたんだ」
 二人は顔を見合わせて苦笑した。お互いに想い合っているのに、今日という日がなければケンカ友達で終わっていたかもしれない。
「でもさぁ、委員長」
 ふと思い立って志麻は聞いてみた。
「バレンタインデー当日に女の子に呼び出されたんだよ。ひょっとしたらチョコもらえるかもって期待しなかった?」
「んー、別に」
 答えながら耕輔は、さりげなくチョコレートケーキの包みを見るように志麻の視線から目を逸らす。めざとい志麻は、ほんの一瞬だけ耕輔がはにかむように口元を歪めたのを見逃さなかった。
「ホントかなホントかな、んー?」
 志麻は無理矢理に耕輔の視界の中に割って入り、耕輔の表情を覗き込んだ。耕輔は何度か視線をさまよわせるが、その度に志麻は彼の視界に入り込んで目を合わせようとする。何度か目線の追いかけっこをし、志麻の意地悪な表情に負けた耕輔は思わず吹き出した。
「わかった、認めるよ。ちょっと期待した」
「こいつぅ」
 志麻が派手な音を立てて耕輔の背中を叩く。耕輔は目を白黒させながら取り落としそうになった包みを慌てて抱え直す。
「そ、そうだ。ねえ、志麻。これからうちに来ない? 一緒にこれ食べよう」
 耕輔が包みを指さす。
「一緒にったって、それ一人分しか無いよ」
「じゃあ、半分ずつしよう」
 志麻は考えるか考えないかの間に、持ち前の行動力で頷いた。耕輔の部屋には興味があったし、一つのケーキを二人で分け合って食べるというのも楽しそうだ。そして何より、耕輔の部屋に行けばひょっとしたら、という予感のような期待のようなものがあった。
 二人で連れ立って歩くこと五分ほどにある、いかにも建て売りらしい作りの二階建て、そこが耕輔の家だった。
「さあ、どうぞ」
 玄関を開けて志麻を入れてやると、耕輔は靴を脱いで足早に階段を上る。
「こっちだよ」
「あ、うん。おじゃましまーす」
 志麻は元気よく挨拶して耕輔の後を追って階段を上る。家の中から返事や人の声はなかった。
 案内された耕輔の部屋は、マジメな委員長のイメージ通りだった。部屋全体が綺麗に整頓されており、掃除もマメにやっているように見える。唯一、机の上だけ参考書や教科書、ノートが雑然と広げられているのは予想するに、勉強をしているときに志麻に呼び出され、慌てて家を出てきたというところだろう。
「あ、あんまりジロジロ見るなよ」
 耕輔は包みを机に起きながら苦笑いした。
「いいじゃん、減るモンじゃないし」
 言いながら、遠慮のかけらもなく存分に耕輔の部屋を観察する。
「男の部屋なんて入る機会めったに無いもんなぁ」
「え、そうなのか?」
「だって、あたし男の兄弟いないもん」
「いや、そうじゃなくて……男友達の家に行ったりすることないの?」
「無いねー。いっつも女とばっかりツルんでるからね」
「でも、クラスじゃ普通に男ともよく話してるじゃん」
 志麻は観察を中断して耕輔に視線を戻し、意地悪な笑みを浮かべる。
「ひょっとして、ヤキモチってやつ?」
「ば、馬鹿言うなよ。ただ、志麻って男とも女とも分け隔て無く話とかするじゃん」
「そりゃ、学校で顔合わせれば話はするよ」
 志麻は再び部屋の観察を始める。
「んでも、プライベートで男んとこ行き来したりはしないね。中学に入ってからは、委員長んとこが初めてじゃないかな。男の部屋に入るの」
「ふーん」
 耕輔はやたらと長い息を漏らした。
「安心した」
 何が、と志麻が聞き返すより早く、耕輔が志麻を背後から抱きしめた。驚いて志麻は身悶えする。
「ちょ、ちょっと、委員長! いくらなんでもいきなり過ぎない?」
「安心したら、抱きしめたくなった」
「だから、何が安心?」
「志麻と仲良くしてる男がいないってことが」
「なんだ。やっぱりヤキモチじゃん」
「かもね」
 志麻を抱く耕輔の腕に力が入る。少し痛かったが、志麻は気持ちが浮き足立つのを感じながらされるがままになっていた。
「ねえ、委員長」
「なに?」
「家の人いないよね? 誰もいない家に女の子呼び込んで、それでこういうことするってことはさ、最初からそういうつもりだった?」
「んー、別に」
「ホントかなホントかな」
 ついさっき繰り返したばかりの会話と同じ展開に、二人は笑い出す。その笑い声が去り、わずかな沈黙の後に耕輔は志麻の髪に顔を埋めるようにして耳元に囁いた。
「志麻はどう?」
「なにが?」
「男に家に呼ばれてさ、ひょっとしたら、みたいなこと考えなかった?」
 志麻は見透かされたような気がしてドキリとした。どう答えようかほんの少しだけ考え、そしてさっきの公園での会話の耕輔のまねをして言った。
「ちょっと期待した」
 今度はどちらからも笑いは起きなかった。
「……それって、いいってこと?」
「うん……いいよ」

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