中学生の女の子と大学生の従兄の、甘酸っぱい恋愛ストーリー

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世界一のバレンタイン

中編

「おは、二ノ宮」
 週明けの通学途中、肩を叩かれて綾が振り向くと、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべたキャプテンが肩を並べてきた。
「あ、キャプテンおはようございます」
 ペコリと頭を下げながら、綾はキャプテンが言い出そうとしていることを的確に予想していた。というか、誰にだってわかる。この前のデートのことに違いない。そして、その通りのことをキャプテンは言い出した。
「デート、すっごく楽しそうだったね。いつもあんな感じなの?」
「え、ええ、まあ……」
 曖昧に頷く。いつもというか、あれが初デートなんだけど。
「それにしてもビックリしちゃったよ。二ノ宮があんな可愛らしい格好するなんてさ。意外に似合ってたねー」
「あ、あれはヒデ……彼に無理言って着せられたようなもんで」
 慌てて言い繕うとして、ふと綾は言葉を切ってキャプテンを見た。言葉の端々を捉えるまでも無く、決定的に嫌な予感がしておずおずと口を開いた。
「ひょっとしてキャプテン……ずっと見てたんですか?」
「そりゃそうよ。そのためにわざわざ出かけたんだから。さすがに暗くなってきちゃったから、途中で帰ったけどね」
「だ、だってキャプテン、手を振ってどこか行っちゃったじゃないですか」
「だから、あれはもっと遠くから見てるからねっていうサイン。私がそばでジロジロ見てたら、二ノ宮だって落ち着かないでしょ? ひょっとして気づかなかった?」
 はっきり言おう、全く気づかなかった。キャプテンは帰ったとばかり思っていたから、当初の目的を忘れて普通に遊んでいたくらいだ。あの日、綾と英樹はどんなことをしていただろう。恋人らしいことの一つくらいはしてただろうか。あまり自信は無い。
 だが、キャプテンはあのデートが偽装であることを全く疑ってないようだった。
「ほんっと仲良さそうだね。あんたも彼氏もめちゃ楽しそうだったしさ。付き合いは長いの?」
 長いも何も、物心ついたときから英樹に遊んでもらっていた記憶があるくらいだ。姉妹であるお互いの母親同士の仲があまり良くなくて、英樹が進学して実家を出るまでは疎遠だった時期もあったけど。まあ、親戚だと言うと偽装デートであることがバレるから、適当にお茶を濁しておく。
「でも、仲が良かったのはわかったけど、ちょっと拍子抜けもしちゃったかな」
「拍子抜け? なんでですか?」
「だってほら、大人の人と付き合ってるっていうから」
 キャプテンがちょっと締まらない笑みを綾に見せた。なんだこの人、いつのまに英樹のにへら笑いをマスターしたんだろう。
「キスしたりとか、思い切ってラブホに行っちゃうような展開を期待してたんだけどさ」
「な?!」
 綾は思わず声を上げ、瞬く間に血が上って自分の顔が紅潮するのがわかった。
「な、何いってるんですか。そんなことしてませんよ」
「本当に? あんた赤くなってるよ。あ、ひょっとしたら私が帰った後に何かしてたんじゃないの? ずいぶん暗くなるまで遊んでたもんね」
「ちちち、違います!」
 キャプテンは、水をかぶったネコが身震いするくらいの勢いで首を振る綾を見て、ケタケタ笑いながら背中を叩いた。
「冗談冗談。チビっ子二ノ宮にはそんなことムリだよね」
 チビっ子呼ばわりされた綾は、血を上らせた以上の早さで興奮を冷ました。チビとはなんだ、ムリとはなんだ。綾だって女の子だ、その気になればキスの一つくらい──。
「そういう展開を期待してたっていうのはホントだけどね」
 綾の様子に気づかずに、キャプテンは勝手に話を続ける。綾はふと、キャプテンが男子部の前キャプテンと付き合っていることを思い出し、ちょっと意地悪く話を振ってみた。
「キャプテンの方は、お付き合いはどこまで進んでるんですか?」
 勝気で明るいキャプテンが顔を赤らめたり慌てたりしたら面白いな、と思って話を振ったのだが、キャプテンはつまらなそうに小さく肩をすくめただけだった。
「全然ダメ」
「ダメ……って?」
「あの人、もともと真面目人間だしさ、スポーツ推薦から外されてからはいつもブスッとしてんの。一緒にいても楽しくないし、そろそろ終わりかなって思ってんだ」
 あっさりとした告白に、綾は二の句が継げなかった。あまりにもあっさりし過ぎていてキャプテンの心情が全く読めないのだが、ひょっとして悪いことを聞いてしまっただろうか。
 そんな綾の居心地の悪さに気づいたのか、キャプテンはコロッと表情と声を変えて明るく微笑んだ。
「二ノ宮、あんたはせっかくいい彼氏がいるんだから、大事にしなよ。いつも一緒にいて楽しい人なんて、そうはいないよ?」
「は、はあ……」
「それでも別れることになっちゃったら、いつでも私に言いなよ。私が彼氏もらってあげるからさ」
 本気か冗談か判別できないような口調で言って、キャプテンは元気よく笑いながら駆け出した。またこの前と似たようなモヤモヤが胸の中にかかるのを感じ、綾がそれを外に追い出すように大きな吐息をついて立ち尽くしていると、その視線の先で急にキャプテンが立ち止まって振り返る。
「二ノ宮。まだキスしてないんなら、チョコよりキスの方が彼氏が喜んでくれるかもよ」
 余計なお世話だ。


 キャプテンの余計なアドバイスは完全無視し、綾は授業と部活を終えて帰宅すると明日のバレンタインデーのためにせっせとチョコ作りに精を出した。英樹からも「気合いを入れた手作りチョコ」という注文をつけられてるし、なにより勢い余って自分でも大言を吐いてしまった以上、とてもじゃないが不恰好なものは渡せない。
 母は、明らかにバレンタインプレゼントと思われる物を作り出した娘をニヤニヤして眺めていた。綾はというと、これを渡す相手が英樹だと知ったら母はどんな顔をするだろうと想像しながら知らんぷりしていたが、徐々にソワソワし始め、ついには口出しし始めた母を丁重にキッチンから叩き出した。
 綾は憤懣やるかたなく息を吐き出す。レシピを眺めて綾が作ろうとしているのはハート型のチョコレートケーキだったのだが、どうにもうまくいかない。焦げたり、いびつな形に膨らんだり、表面が割れてしまったり。割れたハートなんて縁起でもない。
 材料の買い足しと試行錯誤を繰り返し、ようやく納得できる出来栄えのケーキが完成したのは、夜も更けて日付が変わった後だった。
 翌日、学校を終えて家に帰るとシャワーを浴びて部活の汗を流し、デートのときに買ってもらった服に着替え、お洒落な器と包装で飾ったケーキを持って英樹のアパートにやってきた。
「お、いいタイミングだな」
 大学から帰ってきたばかりだったのか部屋は冷え切っており、英樹は点けたばかりのファンヒーターの前で暖まっていた。
「ヒデ兄、約束のもの持って来たよ」
「約束のものって言うな。もうちょっと、情緒のある渡し方ってもんがあるだろうよ」
「えー、注文が多いなぁ」
 愚痴をこぼしつつも気を取り直し、なぜか柄にも無く少し緊張しながら包みを渡す。
「はい、私からのバレンタインのプレゼント」
「おう、ありがとう」
 英樹はにへらっと笑い、情緒の欠片も無い謝辞で受け取る。さっそく包みを開け、中から出てきた大きなハート型のチョコレートケーキに、さらに頬をほころばせる。
「おぉ、チョコケーキか。よく作ったなぁ」
「苦労したんだから。味わって食べてよね」
「んじゃ、さっそくいただくか。にしてもデカいな。綾も食うだろ?」
「ん……今はお腹すいてないからいいよ」
 正直に言えばお腹はすいてるが、試作品や失敗作などを自分の腹で処分したせいで、当分チョコレートは遠慮したい気分だった。
「じゃあ、コーヒーでも飲んでけ」
「うん、薄めでね」
 台所に入っていった英樹を見送り、綾はカーディガンを脱ぐ。今日はこの格好に何も言ってくれないのをちょっと残念に思いながら、ハンガーを探してグルリと部屋を見回し──ベッドの上に無造作に置かれた小さな紙袋に目を止めた。
 明らかに英樹の部屋には不似合いな派手な柄の紙袋だった。考えるより先に体が動き、自分でも気づかないうちに綾はその袋の中を覗き込んでいた。中身は、予想とそう違わない小さな包みだった。
 このところよく感じるあのモヤモヤが沸き起こり、それが激しく泡立って綾の胸をかき乱す。
「……ヒデ兄。ひょっとしてこれ、チョコ?」
 自分でも少しビックリするくらいの低い声だった。英樹は台所から顔を出し、紙袋を見て素っ気無く頷く。
「あぁ。ゼミにいる女の子からもらったやつだ」
「……どうせ義理でしょ?」
「義理と決め付けられるのはおもしろくないけど、まあ事実だな。なんせ、ゼミの男どもはみんな同じ袋を持ってたからな」
 ヤカンが甲高い音を立ててお湯が沸いたことを知らせ、英樹はインスタントのコーヒーを二つのカップに作る。それを持って部屋に戻ってくると、綾はまだ突っ立ったまま冷ややかな目つきで紙袋を眺めていた。
「おい、綾……」
 綾の様子が気になり、カップをテーブルに置いて綾の横顔を覗き込む。油が切れたロボットのようなギコちない動きで振り向いた綾は、紙袋を手に無言でツカツカと窓に歩み寄り、窓を大きく開けると一片の躊躇も無く全力で紙袋ごとチョコを外に投げ捨てた。唖然として眺めていた英樹は、かすかに聞こえた紙袋が地面に落ちる音に我に返った。
「お、おおおおおおおまえ、何してんだ?!」
 綾は窓を閉めると、不機嫌そのものといった表情で英樹に向き直る。
「ヒデ兄こそ何してんの? あたしにチョコ注文しといて、なんで他の女の人からチョコもらってくるわけ?」
「言ったろ、そりゃ義理チョコだ。ゼミのみんなに配ってたやつなんだよ」
「義理だったら、律儀に食べてあげなくても別にいいでしょ」
「おまえねぇ、いくら義理ったって、せっかくくれたもんを捨てられたら、プレゼントした方は傷つくだろうよ」
「それが何? あたしの方がよっぽど傷ついた」
 それは静かな声だったが、思いのほか英樹に堪えた。
 綾の中にある感情がヤキモチの一種だろうとはわかっていたが、今の何気ない一言で、演技や誇張などの混じりっ気が一切無い、本気の嫉妬心だとようやく理解できた。この少年みたいな従妹がいつのまにか人並みの女心を持っていたことは、驚きであり喜びでもあった。
「すまん、悪かった」
 英樹は両手を広げて降参のポーズを取った。
「俺が軽率だったよ」
「……ほんとにそう思ってる?」
「ああ。俺が綾を傷つけたってのはよくわかった」
 珍しく神妙で真面目な英樹の表情を見て、綾は自分の中で激しく泡立っていたモヤモヤが少しずつ静まっていくのを感じた。完全に消え去りはせず、むしろまだ胸の中の大部分を占めていたが、そのおかげで綾は、この前のデートの時から頻繁に沸き起こるようになったモヤモヤの正体が何なのか、ようやくわかったような気がした。何で今まで気づかなかったのか、自分がバカみたいだ。
 思い返してみれば、ずっと前から綾は無意識に英樹を追いかけてた気がする。中学に入って陸上部に入部したのも、綾がまだ小学生の頃に見た、高校で陸上をしていた英樹が大会に出場する姿が印象に残っていたからだ。その後、大学に進学した英樹が近所のアパートに越してきたことを知って、無邪気に、でも心の底から喜んだ記憶がある。
「……ねえ、ヒデ兄。実はあたし、もう一つバレンタインのプレゼント持ってるんだ」
「うん? まだチョコがあるのか?」
「チョコじゃないんだけどね。びっくりさせたいから、ちょっと目をつぶってよ」
「なんだよ、ドッキリじゃないだろうな……」
 ぶつくさ言いつつ、英樹は言われるままに目を閉じる。綾は英樹の鼻先で手を振って見せて本当に見えていないことを確認し、ふうっと大きく息をついた。そして心を決めると、英樹の肩に両手を掛けて思い切り背伸びをして唇を重ねた。
「?!」
 英樹は驚いて目を開いたが、黙ってもう一度目を閉じて綾の好きなように身を委ね、拙いが気持ちがたっぷりと詰まったキスをたっぷりと味わう。多分、ほんの数秒のことだったと思うが、それでも二人には途方も無く長い時間に思えた。
 やがて綾の方から唇を離してほうっと息をつき、頬をわずかに染めて英樹を見上げた。
「ど、どう?」
「ビックリした」
「……それだけ?」
「すっげぇ嬉しかった」
 英樹がにへらっと笑い、それに釣られて綾も頬をほころばせる。チョコよりキスの方が喜ばれるというキャプテンのアドバイスは正しかったかもしれない。
「ね、ねえ、ヒデ兄。あたしさ」
「綾」
「最近になってようやく気がついたんだ。ヒデ兄が」
 好きだって──そう続けようとした綾の言葉は、英樹のキスで口をふさがれて継げなかった。綾がしたような唇を押し付けるキスではなく、唇の柔らかい感触がはっきりとわかる優しいキスだった。
「んっ?」
 綾がうっとりしていると、唇の隙間から英樹が舌を滑り込ませてきた。反射的に体が離れようとしたが、いつのまにか自分の中に包むように首と腰に回った英樹の両腕がそれを許さなかった。やがて口の中で英樹と綾の舌が絡み合う。
 強く抱きしめられて抵抗できず、すぐに抵抗する気を失った綾は、されるがままに英樹の激しいキスを受け入れる。胸の中で形の定まらなかったモヤモヤ──淡い恋心がはっきりとした姿を現し、綾は感極まって英樹に抱きついた。
 長いキスが離れ英樹が体を起こした後も、綾は英樹にしがみついていないと立っていられないかのように、力いっぱい英樹の長身を抱きしめていた。英樹もあまりの愛しさに、もう片時も離れていられないような気がした。
「綾」
「うん……?」
 綾は顔を上げるのも惜しくて、英樹の胸板に顔をうずめたまま聞き返した。英樹は胸の内を言葉にしようとしたが思い浮かばず、言葉にするのを断念して綾の華奢な体を抱き上げる。
「わっ」
 急に体が浮いた綾は咄嗟に英樹の首にしがみつく。
 英樹はそのまま人形のように軽い綾を抱え、自分の体ごと投げ出すようにベッドに横たえた。驚いた綾が何かを言おうとする前にキスで口をふさぎ、自分の体の下に組み敷くように綾を抱きしめながら激しいキスを交わす。
 英樹の体全体から伝わってくるような激情は、綾に喜び以上に不安を与えた。水面から顔を上げて深呼吸するようにキスから逃れた綾は、自分に覆いかぶさる英樹を不安げに見上げた。
「やだよ、ヒデ兄。何か怖い……」
 その声にわずかに理性を取り戻した英樹は、サラサラのショートカットに指を通すように綾の頭を撫でる。
「怖がらせたんなら、悪かった」
 口調はいつもの英樹だったが、目は今までに見たことが無いくらいに真剣で、綾は吸い込まれるようにその瞳を見つめる。
「でも、もう我慢の限界だ。俺は綾が好きだ。綾が、綾の全てが欲しい」
 綾は心臓が止まるかと思った。高鳴る鼓動の中で、英樹の告白がじんわりと体中に染み渡り、綾は恍惚と目を閉じた。
「いいよ、ヒデ兄の好きにして」

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