中学生の男女の、バレンタインデーを舞台にした恋愛ストーリー

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一日遅れのバレンタイン

前編

「やだ、何あれ」
「寂しそー」
 通りかかった女子高生の嘲笑にも似た笑いとともに聞こえてくる声も、友哉(トモヤ)は一切を無視してコンビニの片隅に立ち尽くしていた。派手なデコレーションが施された棚の一角を一心に眺めながら。
(どれ買うかなぁ……)
 その棚には、赤やピンクのラッピングの小さな包みが所狭しと並んでいた。言うまでもなく、この時期になるとどこの店にも並ぶバレンタインデー用のアイテムだ。
 それを買おうと悩んでいる友哉は、生まれてから今まで、十三年という短い人生の中で女性であったことは一度も無い。これからも一生、男のままでいることだろう。
 その生まれついての男子が、バレンタインアイテムの棚の前で真剣な顔をして突っ立っているのだから目立たないはずが無い。さっきの女子高生たちはおそらく、友哉が一人寂しく自分のためにチョコレートを買おうとしているとでも思ったのだろうが、全くもってその通り、友哉は自分のためにチョコを買おうとしていた。
 決して暗くもネガティブでもない性格の友哉が、なぜバレンタインデーにうら寂しく自分のチョコを買おうとしているかと言えば──。
「トーモヤっ」
 突然に、友哉の思案を断ち切るかのように、スナップを利かせた平手が飛んできて友哉の後頭部を叩いた。パカンッと派手な音が鳴る。
「痛ぇな!」
 振り向くと、友哉より一回り小柄な少女が人懐こい笑顔を浮かべて立っていた。同い年の幼なじみ、友美(トモミ)だった。セーラー服を着ているところを見ると、友哉と同じく学校帰りの寄り道らしい。
「あははっ、いい音したね」
「なんだよ、トモミか」
「なんだよはこっちのセリフ。なに物欲しそうにチョコレート眺めてんの? さーびしーねー」
「うるせぇよ。ただ眺めてただけだ」
 言いながら友哉は棚の前を離れた。何かと口やかましい友美に見つかってしまった以上、今はこの場を退散するしかない。でないと、後から何を言われるか分かったものじゃない。
「さーて、帰っかな」
「うん、帰ろう帰ろう」
「おまえ、何か買い物に来たんじゃないの?」
「別に。トモヤ見つけたから、からかいに入っただけ」
 友美は笑いながら、背中まで届く長い髪を翻して出口に足を向ける。気づかなければいいのに、という言葉が喉元まで出掛かったのを無理やり飲み込み、友哉は友美と肩を並べて店を出た。家が隣同士なので、もちろん帰り道は一緒だ。
「そういえば」
 歩きながら友美が口を開いた。
「一緒に帰るの久しぶりじゃない?」
「気のせいじゃね?」
 そう言いつつ、友哉も同じことを考えていた。
 家が隣同士で同い年、しかも親同士も仲が良かったので、昔から一緒に遊んだりすることが多かった。ついでに名前もよく似ているので、いつも一緒にいる二人を兄妹だと誤解した人は数知れない。
 小学生の頃から登下校も当然のように一緒だったのが、中学校に上がってからそれが減ったのは、友哉が周りの目を気にし始めたからだった。友美の方は今までと全く変わらずに接しているが、そんなところを悪友のタカシあたりに見つかったら、次の日には尾ひれが付いて噂がバラ撒かれているに違いない。
「あ、そうだ」
 友哉はタカシで思い出した。
「おまえさ、明日のバレンタイン、俺にチョコくれるよな?」
「はあ? コンビニで物欲しそうにチョコ眺めてたと思ったら、今度はおねだり?」
「お、おねだりってわけじゃねえけど。毎年くれてるんだから、今年もくれるんだろ?」
「んー、どうかなぁ。毎年チョコあげても、お返しをもらった試しがないからなぁ」
 友美はさっきまでの機嫌のよさをどこかに吹き飛ばし、からかうと呼ぶには少しばかり温度が低い視線を向けてくる。友哉はあわてて言い繕う。
「ホワイトデーなら任せろって。今からお小遣い貯めておくからよ」
「トモヤの言うことはあんまりアテになんないけど。まあ、前向きに検討しておくよ」
「頼むぜ、トモミさん」
 友哉はゴマをすりながらほくそ笑む。これでチョコ一つは確定だ。ひとしきり話をしながら帰路を辿ったところで、友哉は思い出したように立ち止まった。
「あ。俺、学校に忘れ物してきた」
「なに?」
「んーと、プリント」
「今日、なんかプリントもらったっけ?」
「ん、ああ、前のやつ。俺、机にプリント溜め込んでたんだ。悪ぃけど、先に帰っててくれ」
 これ以上の友美の口を封じ、友哉は素早く踵を返す。友美がどんな顔をしているか振り返って確認するまでも無いので、友美の視線から逃れるように息が続くまで一気に走り抜けた。
 やってきたのは学校、ではなく、さっきのコンビニである。店員が息を乱して入ってきた友哉に目を向け、それがついさっきまでチョコレートをしげしげと眺めていた客だと気がついて怪訝そうな表情を浮かべたが、友哉の方は気にしてる余裕は無かった。
 さっきは多分、二十分くらいは悩んでいたと思うが、今回は余計な邪魔が入らないようにと「たった」五分ほどで思索に蹴りを付けた。一番手頃な値段のチョコレートの包みを手に取る。
 そして、レジに向かって振り返り、すぐ背後で拗ねたように腰に手を当てて立っていた友美に気が付いた。
「うおっ、トモミ」
「トモヤ、何してんの?」
「何って、これはだな」
 自分から尋ねておきながら、友美は友哉の手からチョコレートの包みをひったくって棚に戻すと、弁明の余地さえ与えずに友哉の胸ぐらを掴む。
「ちょっ、おまえ」
「こっち来て」
 言うなり、友美は友哉の胸ぐらを引っ張って店の外へと連れ出す。
「友美、痛ぇって」
 友哉は抗議の声を上げるが、ちょっとでも足を止めたら友美に地面を引きずり回されかねないので、仕方なく引かれるままに付いていく。友哉の胸ぐらが苦しさから解放されたのは、店が見えない路地に入ったところだった。友美は足を止め、膨れっ面で友哉に向き直る。
「あんたさぁ、なに恥ずかしいことしてんの?」
「な、なに怒ってるんだよ?」
「あんたの魂胆はわかってんの」
 友哉の問いを無視した友美はまたもや腰に手を当て、ふんぞり返るように胸を張って頭一つ背が高い友哉を睨み付ける。
「話に聞いたんだけど、タカシ君たちとバレンタインデーに誰が一番チョコをもらえるか競争してるそうじゃない」
「うぉ」
「で、勝つために自分でチョコ買って水増ししようってセコいこと考えてんでしょ」
「うぉう」
 友哉は思わず唸る。ズバリ正解だった。
 今から思い出してみると、誰が最初に言い出したのかさっぱりわからないが、とにかくタカシたちと誰が一番多くチョコレートをもらえるか競争しようという話になったのだ。友哉はノリで賛成したはいいものの、どうせやるからには勝ちたい。もらえるアテと優勝ラインを計算した結果、残念ながら水増しが必要という結論になったのだ。
 かくして、冒頭の苦悩に至ったというわけだ。
「バカな遊びに、何をそこまでムキになってるんだか」
「こいつには男のメンツがかかってるんだよ」
「なぁにが男のメンツよ。セコいメンツもあったもんだ」
「出たな、毒美」
 友哉は毒づく友美を毒美と呼んでいる。可愛い顔立ちをしてるくせに時折、友哉が鼻白むほどの毒舌を吐く。
「薄々気づいてたけど、私にチョコねだったのも競争のせいでしょ」
「せいというか、何つーか」
「で、他に誰におねだりしたの」
 あまりにも鋭い突っ込みに、友哉は弁明も忘れて絶句した。その様子を見て、友美は飛びっきり意地の悪い笑みを浮かべる。
「私のと、自分で買うのと、たった二個で勝てると思ってるわけじゃないよね? 他に誰にチョコ頼んだのか、正直に言いなよ」
 幼い頃から気心が知れすぎている友美に隠し事は不可能のようだった。友哉は観念して恐る恐る口を開いた。
「エリカと、サエっちと、クミちゃん」
 友美は口元にさきほどからの意地の悪い笑みを浮かべたまま、目元に険を含む。笑ってるんだか怒ってるんだかわからない表情でしばらく友哉をにらんでいたが、一分ほど無言のにらめっこをした後、大きなため息をついた。
「友哉さぁ、いっそのこと全部自作自演のチョコで勝負したら? そうすればエリカもサエもクミも、ついでに私も無駄なチョコ買わなくて済むから」
「な、なんだよ。おまえはチョコくれるって言っただろ」
「言ってないし。前向きに検討するって言っただけ。前向きに検討した結果、バレンタインデーにチョコあげるのやめることにしたから」
「そりゃ無ぇだろ。おまえのチョコが無いと、競争に負けちまうよ」
「言っとくけど」
 友美が頭一つ背の高い友哉を見上げるように鋭く見据える。
「私、そういう遊びでチョコあげてるわけじゃないんだ」
「そう言うなよ。頼むって、チョコくれよ」
 友哉は両手を合わせる。するとどうしたことか、友美は見る見るうちに表情を険しくし、音がしそうなくらい歯を食いしばって友哉を睨み付ける。
「死ね! トモヤなんてチョコ食べ過ぎて死ね!」
 そう大声で言い捨てると、友美は長い髪がムチのように友哉の手を叩くほどの勢いで踵を返すと、すれ違った人が驚いて振り返るくらいの不機嫌オーラを発散させながら大股で歩き去っていった。
 物心ついた頃からの付き合いの友哉でさえ、今まで見たことも無い剣幕と罵声だった。


 何かのツキが落ちたのか、結局、友哉はチョコレート争奪レースに惨敗した。バレンタインデー当日の放課後に集計した結果、友哉がぶっち切りの最下位だった。この際だから勝ち負けは置いておくとして、友哉が本気でショックだったのはチョコレート獲得数がゼロだったことだ。
 言葉を重ねて頼んでおいたエリカもサエもクミも、チョコレートを持ってきてはくれなかった。グループや委員会活動などでそれなりに仲良くしている間柄なので、義理チョコ一つくらいはくれるだろうと踏んでいたのだが、話を振ってみたものの、苦笑いされただけで無視されてしまった。他にあげる人がいたと言うのならまだ諦めもつくが、さりげなくリサーチしてみても誰かにプレゼントしたという情報は入ってこなかった。つまりは、友哉の頼みに明確に拒否を示したと言うことである。
 そして、言うまでもなくというべきか、友美からもチョコレートは無かった。
 付き合いが長いだけに友美とは今まで何度と無くケンカをしたが、二人とも気分屋のせいか怒りは乾性で、ケンカが後に引くことはなかった。だが、今回の友美はあれから一言も口を聞いてくれない。たまに友哉から声をかけても、徹底的にシカトを決め込んでいた。
 何が悪かったんだろう。友哉はとても大事なものが手の中から零れ落ちたのを感じながら、空しくバレンタインデーに浮かれる学校を後にした。

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